二代目社長が「比べられる」ことに、どう向き合うか
二代目社長は、先代と比べられ続ける立場にいます。その比較から降りるのではなく、比較の軸そのものをずらす方法を、著書のテーマから展開します。
- 二代目社長が比べられるのは、能力の問題ではなく、立場の構造です。先代という比較対象が、最初からそこにある。
- 「先代を超える」を目標にすると、比較の土俵から降りられません。土俵そのものを変えるほうが、たぶん楽になる。
- 比較を止めるのは意志ではなく、「自分は何のためにこの会社をやるのか」という別の軸を持てるかどうかです。
比べられるのは、あなたが弱いからではない
二代目社長には、最初から比較対象がいます。先代です。
「先代のときはこうだった」「大旦那さんは違った」。取引先も、古参の社員も、時には家族も、無意識に先代と比べてくる。これは、あなたの能力とは関係なく、立場に最初から埋め込まれた構造です。創業者にはこの比較がありません。比べる相手がいないからです。
だから、比べられて苦しいのは自然なことだと思っています。問題は、その比較にどう向き合うかです。
「学習された諦め」になっていないか
比較され続けると、少しずつ思考が止まっていくことがあります。
学習性無力感(Learned Helplessness)という言葉があります。ある授業の記録で、クラスの半分に解ける問題、半分に解けない問題を出す実験がありました。同じ最終問題を出したのに、解けない経験を重ねた側は著しく成績が下がった。生徒の一人が「自信が折れた」と答えていました。技術の問題ではなく、構造の問題だったのです。
二代目の「どうせ先代には敵わない」も、これに近いのかもしれません。現実の壁というより、比べられ続けた経験が積み重なって、思考を止めるトリガーになっている。だとすると、必要なのは「もっと頑張る」ではなく、構造を外から見ることです。
「超える」を目標にすると、土俵から降りられない
比較への一番ありがちな反応は、「先代を超える」を目標にすることです。売上でも、規模でも、認知でも。
ただ、これをやると、比較の土俵からは永遠に降りられません。同じ物差しで戦い続けることになるからです。先代が作った土俵の上で、先代の記録を追いかける。勝っても負けても、評価軸は先代のままです。
もう一つの向き合い方は、土俵そのものを変えることだと思っています。先代が「売上の会社」を作ったなら、自分は「関係性の会社」にする。先代が拡大で勝負したなら、自分は深さで勝負する。比べられなくなるのは、比較から逃げたからではなく、比較の軸がずれたからです。
軸をずらすヒントは、「外」にある
一つのヒントは、外の視点です。地方で「地方だから難しい」と言う人と、「地方だから面白い」と言える人の差は、一度外に出て比較軸を持ったかどうかにあることが多い。離れて初めて、内側が見える。
二代目も同じで、自分の会社を一度「外の目」で見ることで、先代の物差しとは違う価値が見えてきます。先代が当たり前にやっていたことの中に、実は今の時代に希少な強みが眠っていたりする。それは、内側にいるだけでは気づけません。
ロールモデルの見つけ方も似ています。「こうなりたい」と探しに行くより、「この人の方向感が自分に近い」と感じる相手に、ワクワクを起点にたどり着く。先代という唯一の比較対象から目を離して、自分が本当に近いと感じる方向を探すことが、軸をずらす第一歩かもしれません。
一人では、軸はずらせない
正直に書くと、この「軸をずらす」は、一人ではかなり難しい。比較の物差しは、長年かけて内面化されているからです。「先代ならどうしたか」が、無意識の判断基準になっている。
だからこそ、外の人間と話すことに意味があります。「それは先代の軸ですか、あなたの軸ですか」と問い返してくれる相手がいるだけで、少しずつ自分の物差しが見えてくる。
著書『比べられる立場から、自分の時代を築く二代目社長の本』で書いたのも、突き詰めればこの一点です。比較から降りるのではなく、比較の軸を、自分の時代のものに書き換える。その最初の一手は、「なぜそう思うんだろう」という問いだと思っています。