「東京の真似をしない」とは、どういうことか
WGYWの中核メッセージ「東京の真似をしない」の意味を定義する記事。参考にすると真似するの違い、地方が勝てる構造を、ブランドの正典として整理します。
- 「東京の真似をしない」は、東京を否定する言葉ではありません。前提が違う市場の手法を、前提ごと持ち込まないという話です。
- 参考にするのは良い。真似するのが危ない。違いは、手法の背後にある「誰のために、何のために」を持ち込めているかどうか。
- 地方は東京の劣化版ではなく、別の土俵。NikeがVersaceを真似しないのと同じで、勝ち方の構造がそもそも違います。
まず、否定ではないと言っておきたい
「東京の真似をしない」と言うと、東京への対抗心のように聞こえるかもしれません。でも、そうではありません。
東京の成功事例は、よくできています。ファネルの設計も、SNS運用も、コンテンツの作り方も、理屈として間違っていない。参考にすること自体は、まったく問題ないと思っています。
問題になるのは、「参考にする」が「真似する」に変わったときです。この二つは、全然違う。今日は、その違いを定義しておきたいと思います。
「参考にする」と「真似する」の違い
地方企業のブランディングが失敗するとき、ほぼ共通したパターンがあります。「外から見たカッコいいイメージ」から始まっていることです。
ロゴを変える。サイトを刷新する。SNSを始める。やること自体は間違っていない。ただ、順番が逆なんです。東京の成功事例を表面的に見ると、おしゃれなデザインや洗練された運用が目につく。でも、その手前に「誰のためのブランドか」「自分たちは何のために存在するのか」が、ものすごく明確にある。
真似するというのは、この手前を飛ばして、見た目だけ寄せることです。参考にするというのは、手前の「なぜ」まで含めて自分の会社に翻訳することです。見た目だけ真似ると、高いお金を払ったロゴとHPができて、中身は何も変わらない、ということが起きます。
前提が違えば、同じ手法が効かない
もう一つ、手法そのものの前提の話があります。
以前、首都圏のクライアントに、地方向けの新聞出稿を提案したことがあります。返ってきた言葉は「新聞?ネットじゃなくて?」でした。地方では、新聞はまだ現役の情報インフラです。PCがない家にも新聞は届く。情報との接点が、そもそも構造として違うのです。
YouTubeやSNSで語られるマーケティング手法のほとんどは、首都圏的な情報環境を前提に作られています。前提が違う市場に持ち込むと、「やってみたけど何か違う」になる。手法が間違っているのではなく、前提の確認が抜けている。「東京の真似をしない」とは、この前提ごと持ち込まない、ということです。
人のつながり方が、根本的に違う
さらに深い層に、コミュニティの構造の違いがあります。
首都圏は「個と個」でつながる社会です。出身地や背景に関係なく、価値観や仕事で新しい関係が生まれる。だから「あなた個人に刺さるメッセージ」が機能します。
地方は、すでに「団体と団体」の網の目があります。どの会社の人か、誰の紹介か。外から来た人は「個」として来るのに、迎える側は「団体」として見る。この前提の上では、個人の欲求に直接アプローチする東京型の設計は、噛み合いにくい。地方でファネルの入口に「認知」ではなく「信頼」が来るのも、この構造の違いから来ています。
地方は、東京の劣化版ではない
ここが一番伝えたいところです。地方は、東京の小さい版ではありません。別の土俵です。
Nikeはスポーツブランド、Versaceはラグジュアリーファッション。どちらも世界的だけれど、土俵がまったく違う。NikeがVersaceの戦略を真似しようとは思わないし、する必要もない。自分たちが何者かを、自分たちが一番よく分かっているからです。
地方企業と東京企業も、規模の大小ではなく、そもそも土俵が違う。「地方だから難しい」の後に、ネガティブな言葉ばかり続くのは、比較軸を東京に置いているからかもしれません。一度外に出て内側を見た人は、「地方だから面白い」と言えたりする。同じ土俵で負けを数えるのをやめて、自分の土俵の構造を理解する。それが「東京の真似をしない」の本当の意味です。
よくある質問
東京の会社の事例は、見ない方がいいのですか?
見て大丈夫です。参考にするのは有効です。ただ、手法の背後にある「誰のために、何のために」まで含めて、自社の前提に翻訳してください。見た目だけ真似ると噛み合いません。
「東京の真似をしない」は、都会を否定しているのですか?
していません。前提が違う市場の手法を、前提ごと持ち込むと機能しにくい、という構造の話です。
地方でも東京の手法が効く場合はありますか?
あります。ターゲットの情報環境や購買行動が首都圏に近ければ効きます。だから最初に確認すべきは、手法ではなく「自分の市場の構造」です。