管理職研修が「意味ない」と言われる理由
管理職研修が「意味ない」と言われるのはなぜか。単発研修が変えられるものと変えられないものを分け、現場が変わる条件を整理します。
- 管理職研修が「意味ない」と言われるのは、内容が悪いからではなく、単発で終わり、現場の環境が変わらないからです。
- 研修で配れるのは「情報」です。でも現場を変えるのは「熱量」と「続く仕組み」で、これは1日では届きません。
- 研修を否定する必要はない。ただ、研修を入口にして、その後に何を続けるかの設計がないと、投資は流れて消えます。
「研修、やったんですけどね」
管理職研修について話すと、よくこう返ってきます。「うちも去年やったんですけどね。あんまり、変わらなくて」。
講師の質が低かったわけでも、内容が間違っていたわけでもない。参加した管理職も、その日は「いい話だった」とうなずいていた。それなのに、1ヶ月後には現場が元通り。この「やったのに変わらない」の繰り返しが、「研修は意味ない」という感覚を生んでいるのだと思います。
ただ、これは研修そのものの問題というより、研修に何を期待するかのズレなのかもしれません。
研修が配れるのは「情報」まで
一つ、組織でよくある光景があります。ある一万人規模の会社で、社長が30分の動画を配信したところ、1週間後の閲覧数が200人だった、という話です。怒った社長が部長に指示を出して数字は上がったけれど、それで熱量が伝わったかというと、たぶん違う。
研修も、これに近い構造を持っています。研修で届けられるのは「情報」です。1on1のやり方、フィードバックの型、心理的安全性という概念。知識としては渡せる。
でも、現場を変えるのは情報ではなく、熱量と、それが続く仕組みです。棒読みで読まれた戦略より、本気で語られた3分の言葉の方が遠くまで届く。1日の研修で知識を渡しても、それを日々の現場で温め続ける仕組みがなければ、火は消えていきます。
熱量は、放っておくと薄まる
研修直後は、管理職も少し燃えています。「よし、1on1をちゃんとやろう」と思っている。
ただ、熱量は放っておくと薄まります。周りがネガティブな空気なら、燃えていた人でさえ引っ張られる。最初はあれだけやる気だったのに、なんとなく淡々とこなすようになっていく。焚き火でも、湿った薪が多いと火は消える。乾いた薪が周りにないと、火種が一本あっても組織は温まりません。
研修が「意味ない」と言われる最大の理由は、たぶんここです。火種を一日だけ渡して、その後の薪を用意していない。管理職個人の意志の問題にして、環境を整えていないのです。
変えられるものと、変えられないものを分ける
だから、単発研修に過剰な期待をしないことが、まず大事だと思っています。
研修で変えられるのは、知識と、きっかけです。「こういうやり方があるのか」という発見。これは価値があります。ゼロではない。
一方、研修だけでは変えられないものがあります。現場の空気、続ける仕組み、管理職が本音を出せる場。これらは1日では作れない。だから、研修を「打ち上げ花火」で終わらせず、その後に何を続けるかをセットで設計する必要があります。
たとえば、四半期に一度、管理職とマネジメント層が現状と未来を話す場を正式に作る。話した内容をデータで残し、次回に「前回これができると言っていた、今どうか」を確認する。研修で得た知識を、こうした継続の仕組みに接続して初めて、現場が動き始めます。
「研修をやること」が目的になっていないか
もう一つ、正直に書いておきたいことがあります。
研修が「意味ない」ものになる会社では、しばしば「研修をやること」自体が目的になっています。予算を消化するため、他社もやっているから、何かやった感がほしいから。この動機で入れた研修は、続きの設計を持たないので、当然変わりません。
逆に、「うちの現場の何を変えたいのか」が言葉になっている会社は、研修を道具として使えます。目的があるから、研修後の続きも設計できる。
だから、研修を検討する前に問いたいのは、「何のために、現場の何を変えたいのか」です。そこが言葉になっていれば、研修は意味を持ちます。なっていなければ、どんな良い研修も流れて消えます。ワークショップを外部に頼むかどうかは、その次の話です。